撮歩 [歩景]
〔01〕
〔02〕
〔03〕
〔04〕
〔05〕
〔06〕
〔07〕
〔08〕
〔09〕
〔10〕
〔11〕
〔12〕
〔13〕
〔14〕
〔15〕
〔16〕
〔17〕
〔18〕
〔19〕
〔19〕
〔20〕
〔21〕
〔22〕
〔23〕
〔24〕
〔25〕
〔26〕
〔27〕
〔28〕
〔29〕
〔30〕
〔31〕
〔32〕
撮歩 [歩景]
〔01〕
〔02〕
〔03〕
〔04〕
〔05〕
〔06〕
〔07〕
〔08〕
〔09〕
〔10〕
〔11〕
〔12〕
〔13〕
〔14〕
〔15〕
〔16〕
〔17〕
〔18〕
〔19〕
〔20〕
〔21〕
〔22〕
〔23〕
〔24〕
六月二日(日) 撮影
鬱積 [冬景]
昨年の夏から二つ目の大きな仕事を抱え、
その他にも細かな仕事をこなし、
常に頭の中でどれかの仕事のことを考え、
気の休まる時がなくなって早半年を過ぎました。
考えて、
手を動かしても、
中々仕事が片付いていかない。
そのような状況であった為、
年末年始休暇中も、
毎日自宅で何かしらの仕事をしていて、
気持ちが塞がっていた仕事始め前日の夕暮れ近く、
ずっと天気の悪い日が続いた空に、
僅かな晴れ間を見付け、
仕事の手を止め散歩に出掛けました。
〔01〕
休暇最終日の夕暮れ近く、
僅かな晴れ間を見付け、
散歩に出掛けました。
〔02〕
その晴れ間はつかの間との予感に、
傘を携えての散歩です。
僅かな青空が失われない内にと、
やや急ぎ足で歩きます。
〔03〕
写真を始めて数年、
長くても十年位の頃だと思いますが、
冬景色を撮った一枚の写真を切っ掛けに、
一つの印象を心に抱いて写真を撮っています。
この写真もそうした写真。
この日撮った写真で一番好きな写真です。
〔04〕
予感は的中し、
間もなく雨粒が落ちて来ました。
この日はその予感に、
ビニール傘を携えて来ました。
〔05〕
ビニール傘の透明な素材を活用しての写真。
昔は良く雨粒の写真を撮りました。
〔06〕
暗雲の僅かな綻びに、
冬枯れの枝を重ねます。
〔07〕
雲の流れが早く、
刻々と空の表情は変わります。
黒い雲間に浮かび上がるのは、
青い空の白い雲。
〔08〕
その空が、
木々の輪郭を描きます。
〔09〕
冬枯れの木、
命は途切れていないのだろうか。
〔10〕
減退する光、
背中を押されこの場を離れます。
〔11〕
少し歩くと、
強い風が吹き始め、
雨は雪へと変わりました。
〔12〕
程なく黒い池に辿り着きます。
荒天の空と池を囲む木立の影を映した水面、
暗く沈み込んでいます。
〔13〕
荒れてきました。
池の端に建つ物置小屋の壁に体を寄せて、
傘を吹き飛ばされないようカメラを構え、
池の写真を撮ります。
〔14〕
容赦なく風雪が、
水面を、
私の体を叩き付けます。
〔15〕
撮りたいという強い想いがあるわけではないのですが、
何故かこの時、
風雪に負けじと写真を撮りました。
私も何かに心の想いを叩き付けていたような気がします。
〔16〕
池の水鳥に強さを感じました。
彼らはじっとしているわけでは無く、
風雪の中、
悠然と泳いでいました。
〔17〕
傘を差して、
しばらくこうした池の水面を、
そして、鴨たちの戯れを眺めていました。
〔18〕
体が冷えていきますが、
何となく、
訳もなく、
鴨の写真をたくさん撮りました。
〔19〕
絵画的に撮影出来ればとの想いはありましたが、
持ち合わせたカメラはコンパクトカメラで、
しかも、
池の写真を撮り始めたときの風雪で、
レンズが濡れてしまい、
更に寒さで手が震えてしまい、
思うような写真を撮る事が出来ませんでした。
〔20〕
上手く写真を撮る事が出来ない言い訳を考えていると、
風雪が止んできたので、
この池を立ち去りました。
〔21〕
ここ数年通い続けている集落の、
いつもの道筋を辿り一回りして、
家路に着きました。
〔22〕
正月休みはずっと天気が悪かったのですが、
幸い降雪は少なく、
比較的足元は良い正月でした。
〔23〕
休みの間、
晴れたとしても、
年末に母が足を骨折し、
介護をしなければならなかったので、
いずれにせよ出掛けることが出来ず、
また、抱えている仕事をこなすため、
休みの間も毎日自宅で仕事をしていたので、
天候や積雪のことは私に取っては関係の無いことでした。
〔24〕
日暮れ間近、
空に再び僅かな青空と、
仄かな明るみが広がりました。
〔25〕
鬱積を晴らすための夕暮れ散歩、
捗らない仕事を放りだし、
休暇最後に意を決して出掛けて見ましたが、
その心模様を映したような空を眺め、
一層心は沈み込みました。
一月四日(木) 撮影
この後、
緩やかな大雪となりました。
「緩やかな」というのは、
長続きしない降雪で、
累計の降雪量は多くなったものの、
積もっては融ける、
その繰り返しで、
除雪体制の整った当地では、
大きな交通傷害などもほとんど無く、
それほど大きく困るということのない冬でした。
この記事を書き始めたのが約二ヶ月前、
大きな仕事を三つ抱え、
その他にも小さな仕事をいくつかこなしていましたが、
三つ目の仕事のプロジェクトか先週始まり、
更に忙しさが増しまた。
あと一週間ほどで一つの仕事が終わりますが、
二つ目の仕事が佳境を迎えるので、
仕事量は実質減ることがなく、
精神的には今よりきつくなるでしょう。
無事のこの状況を乗り切ることが出来るかどうか、
過去に経験したことのない多忙、
年齢的にも若いときのよりも体力が落ちていて、
体調の悪さも持ち合わせているため、
何とか体を壊さないで乗り切りたいと思っています。
鴨の写真をたくさん撮りました。
〔19〕
絵画的に撮影出来ればとの想いはありましたが、
持ち合わせたカメラはコンパクトカメラで、
しかも、
池の写真を撮り始めたときの風雪で、
レンズが濡れてしまい、
更に寒さで手が震えてしまい、
思うような写真を撮る事が出来ませんでした。
〔20〕
上手く写真を撮る事が出来ない言い訳を考えていると、
風雪が止んできたので、
この池を立ち去りました。
〔21〕
ここ数年通い続けている集落の、
いつもの道筋を辿り一回りして、
家路に着きました。
〔22〕
正月休みはずっと天気が悪かったのですが、
幸い降雪は少なく、
比較的足元は良い正月でした。
〔23〕
休みの間、
晴れたとしても、
年末に母が足を骨折し、
介護をしなければならなかったので、
いずれにせよ出掛けることが出来ず、
また、抱えている仕事をこなすため、
休みの間も毎日自宅で仕事をしていたので、
天候や積雪のことは私に取っては関係の無いことでした。
〔24〕
日暮れ間近、
空に再び僅かな青空と、
仄かな明るみが広がりました。
〔25〕
鬱積を晴らすための夕暮れ散歩、
捗らない仕事を放りだし、
休暇最後に意を決して出掛けて見ましたが、
その心模様を映したような空を眺め、
一層心は沈み込みました。
一月四日(木) 撮影
この後、
緩やかな大雪となりました。
「緩やかな」というのは、
長続きしない降雪で、
累計の降雪量は多くなったものの、
積もっては融ける、
その繰り返しで、
除雪体制の整った当地では、
大きな交通傷害などもほとんど無く、
それほど大きく困るということのない冬でした。
この記事を書き始めたのが約二ヶ月前、
大きな仕事を三つ抱え、
その他にも小さな仕事をいくつかこなしていましたが、
三つ目の仕事のプロジェクトか先週始まり、
更に忙しさが増しまた。
あと一週間ほどで一つの仕事が終わりますが、
二つ目の仕事が佳境を迎えるので、
仕事量は実質減ることがなく、
精神的には今よりきつくなるでしょう。
無事のこの状況を乗り切ることが出来るかどうか、
過去に経験したことのない多忙、
年齢的にも若いときのよりも体力が落ちていて、
体調の悪さも持ち合わせているため、
何とか体を壊さないで乗り切りたいと思っています。
散歩 [歩景]
〔01〕
〔02〕
〔03〕
〔04〕
〔05〕
〔06〕
〔07〕
〔08〕
〔09〕
〔10〕
〔11〕
〔12〕
〔13〕
〔14〕
〔15〕
〔16〕
〔17〕
〔18〕
〔19〕
〔20〕
〔21〕
〔22〕
〔23〕
〔24〕
〔25〕
〔26〕
一月七日(日) 撮影
新年最初の日曜日。
七日あった年末年始休暇中も、
在宅で途切れ途切れではあったものの、
結局、一日も休むことなく仕事をしました。
年末に母が足の骨を折ってしまい、
その介護もあったため、
遠くに出掛けることも出来ず、
ずっと家の中に居たので、
この日、
夕暮れ迫る頃に一人散歩に出掛けました。
一キロほど歩くと、
よく散歩に出掛ける神社がありました。
境内に足を踏み入れると、
拝殿の中から人の声が聞こえてきます。
その雰囲気を察すると、
氏子が集まって新年会をしているようでした。
参拝をするのが躊躇われましたが、
拝殿に近づくと、
普段は閉じられている神輿殿の扉が開かれていました。
ガラス扉を通さずに神輿を見たことがなかったので、
よい機会だと神輿を見ました。
微弱な光の中で装飾や紙垂が荘厳な輝きを放っていました。
その輝きに心惹かれ、
携えたカメラのISO感度を上げて、
神輿の写真を撮りました。
光は容赦なく減退していきます。
さらに感度を上げます。
画像の発色が次第に滑らかさが失われていきますが、
ぶれるよりはよしとして撮影しました。
その後、歩きが足りないと、
さらに一キロほど歩き、
駅裏の神社を目指して歩きます。
途中ですっかり日が暮れて、
写真を撮ることは諦めました。
辿り着いた神社は、
人影もなく、
初詣で訪れたときは開かれていた拝殿の扉も閉じられ、
ひっそりとしていました。
灯された明かりに少しだけ心に暖かさを頂き、
帰宅の道へと着きました。
年末に母が足の骨を折ってしまい、
その介護もあったため、
遠くに出掛けることも出来ず、
ずっと家の中に居たので、
この日、
夕暮れ迫る頃に一人散歩に出掛けました。
一キロほど歩くと、
よく散歩に出掛ける神社がありました。
境内に足を踏み入れると、
拝殿の中から人の声が聞こえてきます。
その雰囲気を察すると、
氏子が集まって新年会をしているようでした。
参拝をするのが躊躇われましたが、
拝殿に近づくと、
普段は閉じられている神輿殿の扉が開かれていました。
ガラス扉を通さずに神輿を見たことがなかったので、
よい機会だと神輿を見ました。
微弱な光の中で装飾や紙垂が荘厳な輝きを放っていました。
その輝きに心惹かれ、
携えたカメラのISO感度を上げて、
神輿の写真を撮りました。
光は容赦なく減退していきます。
さらに感度を上げます。
画像の発色が次第に滑らかさが失われていきますが、
ぶれるよりはよしとして撮影しました。
その後、歩きが足りないと、
さらに一キロほど歩き、
駅裏の神社を目指して歩きます。
途中ですっかり日が暮れて、
写真を撮ることは諦めました。
辿り着いた神社は、
人影もなく、
初詣で訪れたときは開かれていた拝殿の扉も閉じられ、
ひっそりとしていました。
灯された明かりに少しだけ心に暖かさを頂き、
帰宅の道へと着きました。
冬景 [歩景]
〔01〕
〔02〕
〔03〕
〔04〕
〔05〕
〔06〕
〔07〕
〔08〕
〔09〕
〔10〕
〔11〕
〔12〕
〔13〕
〔14〕
〔15〕
〔16〕
一月七日(日) 撮影
半年振りに写真を撮りに出かけました。
自宅から歩けばいつもの集落に辿り着く場所です。
この集落にここ数年通って写真を撮っています。
何の特徴のない、
至って普通の景色。
写真の被写体としては何もないところですが、
自分の心情で様々な光景を見せてくれます。
生憎の小雨模様で、
傘を差しての撮影でしたが、
久し振りの撮影で、
写真を撮ることができないとしても、
カメラを携え歩くことが楽しく感じる時間でした。
神社の境内に入ると、
外界の音が木立で遮られ、
静かな空間がありました。
その静けさは、
僅かに積もった雪を踏みしめる、
自分が立てる音が憚られるほどの静寂でした。
この静寂の中に身を置き、
現在の心情で光景と向かい合い、
心情を視覚に映します。
カメラのファインダーを覗き、
自分の心情世界を見つめます。
呼吸を整え、
シャッターを切ります。
その一瞬、
シャッターの音が静寂を壊します。
そして写真は記録されます。
晦日
この秋に、
仕事関係で佐渡へ行きました。
夕暮れに宿に着いた後、
一人海辺で夕陽を眺めました。
同じ新潟県内でありながら、
本土から離れた島から見る夕陽は、
何故か心に染み入りました。
八月の頭から仕事に埋もれ、
佐渡に行く事が無謀な状況ではありましたが、
東京生まれの妻と小学一年生の娘を佐渡という島へ、
船に乗り訪れる良い機会と思い、
何とか都合を付け行きました。
*
今年は仕事に埋もれブログも休止せざるを得なくなりました。
もうしばらく休みます。
余裕を持つ事が出来るようになり、
写真を撮る事が出来るようになりましたらブログを再開したいと思います。
10月7日(土) 撮影
夕暮れに宿に着いた後、
一人海辺で夕陽を眺めました。
同じ新潟県内でありながら、
本土から離れた島から見る夕陽は、
何故か心に染み入りました。
八月の頭から仕事に埋もれ、
佐渡に行く事が無謀な状況ではありましたが、
東京生まれの妻と小学一年生の娘を佐渡という島へ、
船に乗り訪れる良い機会と思い、
何とか都合を付け行きました。
*
今年は仕事に埋もれブログも休止せざるを得なくなりました。
もうしばらく休みます。
余裕を持つ事が出来るようになり、
写真を撮る事が出来るようになりましたらブログを再開したいと思います。
10月7日(土) 撮影
散歩 [歩景]
「散歩雑景」
〔01〕
越後国「高田」、
城下町の通りは江戸に向かう南が上(かみ)で一丁目、
北が下(下)で町名の数字が大きくなります。
碁盤の目状に整備された道で区切られた町は、
東から西へ、大町、本町、仲町、寺町と並び、
大町は一丁目から五丁目、
本町は七丁目、
仲町は六丁目、
寺町は三丁目まであります。
町数の多い少ないは、
私の推測では面積の大小と、
自治活動を行うに都合のよい戸数にするためだと、
私は勝手に推測しています。
〔02〕
その寺町通りを、
下から上り歩きますと、
小体な社の前に差し掛かります。
四十年近く前、
今の住居に越してきてから、
この社の前は数えきれないほど通っています。
「寺町」に在りながら、
少々雰囲気と趣の違った建物、
建立した時とは全く違った場所に建っていると思われるその社、
何かしら感じ入る空間がそこに在ります。
折角カメラを携えての散歩、
しかも、この朝は、フルサイズセンサーの一眼レフカメラに、
望遠ズームのセットですから、
肩の負担を感じながらの散歩です。
「歩くこと」、
「写真を撮ること」、
その二つを両立させることは、
私にとっては難題であります。
自宅を出てから約一キロ、
歩くことに夢中になっていますから、
何処かで写真へと想いを向けなければなりません。
こうした状況では、
とりあえず何でも良いからシャッターボタンを押す、
その行為が写真へと気持ちを向けるスイッチになります。
この場面でも、
写真へと気持ちを切り替える為にも、
「先ずは一枚」との想いから撮影した写真であります。
〔03〕
「長音寺」
「じょうおんじ」と読みます。
如何にも良い響き、
「長」を「じょう」読むところに、
日本の漢字の感性に浸ることができます。
〔04〕
「しうんざん」と読むのでしょうか。
こちらもまた趣のある字面で、
口に出して読んでも良い響きです。
〔05〕
「南無、南無、南無」、
全てを託す祈りです。
〔06〕
小さな花、
路傍の花、
供養の心。
〔07〕
「善導寺」(ぜんどうじ)に辿り着きました。
こちらの寺院ではこれまでにも何度か訪れ写真を撮っています。
その山門に立つ仁王像。
鳥除けの網の向こうから、
じっと私を見ています。
その眼差しに、
私の心は何もかも見通されているようです。
〔08〕
半眼の視線は、
涼やかな目。
〔09〕
剥げ落ちる手の肌、
その小さな手に纏う仏具。
〔10〕
足と手の指先。
手にした宝珠の鈍い輝き。
着物の文様。
この三枚の写真は、
網入りガラス越しの撮影で、
その網目を掻い潜っての撮影で苦労していますが、
その苦労が楽しみでもあります。
〔11〕
山門の柱に供えられた花。
朝陽を受けて輝きます。
〔12〕
鋭い眼差し。
強い眼力。
〔13〕
強い意志を感じます。
〔14〕
枯れゆく花。
光と影。
光りの受け止め方で、
随分と写真の印象が変わります。
〔15〕
「天宗寺」(てんそうじ)。
謂れのある寺ですが、
知識として備わっていません。
〔16〕
やさしい眼。
やわらかな表情は、
すべてを受け入れる包容力を持ち合わせているよう。
〔17〕
真宗大谷派「高田別院」 山門。
去年は改修工事を行っていました。
工事が終わったら一度見に行こうと思っていて、
この朝訪問することが出来ました。
山門斗供と欄間の木彫りの意匠。
その造形を光と陰で捉えてみました。
〔18〕
たくさんの彫り物があります。
眺めていると飽きることがありません。
〔19〕
たくさんの写真を撮りましたが、
上手くとらえることが出来ませんでした。
〔20〕
寺町通りを上り切り、
左に折れ、
仲町通り、
本町通りの突端を突っ切り、
大町通りへ向かいます。
先の通りと直角に走る南本町通りの雁木、
朝陽に柱の影がきれいに落ちていて、
その姿に目を惹かれますが、
その影が落ちた床は、
嘗ては多く、
地元で採れる石が敷かれていました。
近年下水道の工事で、
ほとんどの雁木がこうした一様のコンクリートとなってしました。
表情の薄い衣装となってしまいました。
〔21〕
大町通り上の突端。
小さな祠の、
小さな石仏。
*
この朝の散歩、
この写真を撮った後、
大町通りの下の端まで歩きました。
寺町通りと大町通りを歩き尽くすことが出来ました。
歴史ある町の通りを、
目的を持って歩くという思い付き、
この日は遂げることが出来ました。
〔22〕
朝の散歩を終え、
時間を持て余していて、
天気の良さに誘われ、
午後に再び町へと散歩に出掛けました。
午後は本町の「下」辺りを歩きました。
本町は高田における古くからの商店が並ぶ町、
その中心は三丁目から五丁目。
本町の「下」はかつて繊維などの問屋が数多くあった町で、
現在もその名残の古い町家が残っています。
その一軒は現在町家交流施設として、
古い面影を残しながら改装され、
時折小さなコンサートなどが催されています。
観光客も自由に見学できる施設となっていて、
私もよく散歩の途中に立ち寄ります。
〔23〕
雛人形。
嘗ては繁栄をした商家ですから、
この町家に飾られていた雛人形は、
もっと立派な人形だと思われるので、
この町家に謂われのある人形ではないと思われますが、
小体な人形が床の間に鎮座していました。
三月の景色として目を惹きます。
〔24〕
天気が良かったので、
夕暮れに、
家族三人で再び散歩に出掛けました。
この日三度目の散歩です。
途中まで、
この朝歩いた道を三人で歩きます。
寺町通りへ通ずる道の脇に立つ工場の屋根に、
娘がちょっと人相の悪い顔に見える小屋を見付けました。
通るたびに見てはいたのですが、
こうした発想は思いつくことがありませんでした。
家族三人の散歩は色々と話しながら歩きます。
重いカメラを携え、
被写体を探して歩く散歩とは違い、
心に温もりを感じながら歩きます。
三月十二日(日) 撮影
八ヶ月前に撮影した写真です。
書きかけの記事を、
地元で採れる石が敷かれていました。
近年下水道の工事で、
ほとんどの雁木がこうした一様のコンクリートとなってしました。
表情の薄い衣装となってしまいました。
〔21〕
大町通り上の突端。
小さな祠の、
小さな石仏。
*
この朝の散歩、
この写真を撮った後、
大町通りの下の端まで歩きました。
寺町通りと大町通りを歩き尽くすことが出来ました。
歴史ある町の通りを、
目的を持って歩くという思い付き、
この日は遂げることが出来ました。
〔22〕
朝の散歩を終え、
時間を持て余していて、
天気の良さに誘われ、
午後に再び町へと散歩に出掛けました。
午後は本町の「下」辺りを歩きました。
本町は高田における古くからの商店が並ぶ町、
その中心は三丁目から五丁目。
本町の「下」はかつて繊維などの問屋が数多くあった町で、
現在もその名残の古い町家が残っています。
その一軒は現在町家交流施設として、
古い面影を残しながら改装され、
時折小さなコンサートなどが催されています。
観光客も自由に見学できる施設となっていて、
私もよく散歩の途中に立ち寄ります。
〔23〕
雛人形。
嘗ては繁栄をした商家ですから、
この町家に飾られていた雛人形は、
もっと立派な人形だと思われるので、
この町家に謂われのある人形ではないと思われますが、
小体な人形が床の間に鎮座していました。
三月の景色として目を惹きます。
〔24〕
天気が良かったので、
夕暮れに、
家族三人で再び散歩に出掛けました。
この日三度目の散歩です。
途中まで、
この朝歩いた道を三人で歩きます。
寺町通りへ通ずる道の脇に立つ工場の屋根に、
娘がちょっと人相の悪い顔に見える小屋を見付けました。
通るたびに見てはいたのですが、
こうした発想は思いつくことがありませんでした。
家族三人の散歩は色々と話しながら歩きます。
重いカメラを携え、
被写体を探して歩く散歩とは違い、
心に温もりを感じながら歩きます。
三月十二日(日) 撮影
八ヶ月前に撮影した写真です。
書きかけの記事を、
この数ヶ月少しずつ手を掛け、
文章を書き直したりしていましたが、
自宅でもパソコンに向かい仕事をしているので、
ブログの記事に手を掛ける事もなくなりました。
まだまだ仕事という深い沼の奥底に沈み込んでいて、
なかなか浮上できずにいます。
泥沼で藻掻き、
上を眺めてみても空の明かりさえ見つけ出すことができません。
この度の深い潜行、
いつになったら浮上することが出来るのか、
自分でも分かりません。
ブログの再開どころか、
趣味の写真を撮る事も出来ない元所であります。
来春には仕事も落ち着くと思われます。
長い冬を越えたら再開したと思っています。
寂光
文章を書き直したりしていましたが、
自宅でもパソコンに向かい仕事をしているので、
ブログの記事に手を掛ける事もなくなりました。
まだまだ仕事という深い沼の奥底に沈み込んでいて、
なかなか浮上できずにいます。
泥沼で藻掻き、
上を眺めてみても空の明かりさえ見つけ出すことができません。
この度の深い潜行、
いつになったら浮上することが出来るのか、
自分でも分かりません。
ブログの再開どころか、
趣味の写真を撮る事も出来ない元所であります。
来春には仕事も落ち着くと思われます。
長い冬を越えたら再開したと思っています。
寂光
十年
十年前の五月二十六日に最初の記事をアップししてから十年が経ちました。
記事数は千を越えました。
これほど長く続くとは思っていませんでしたが、
訪問して下さる皆様のお陰で、
途切れ途切れではありますが、
十年という長い間更新をしてきました。
ブログを始めた当初は、
日々感じた事や想う事を記録に留めることで、
自身が撮影した写真はその文章に添える程度と考え、
はじめの内はいくつかの記事はそのような形を成していましたが、
毎日記事を更新することを意識し過ぎて、
間もなく単に写真を公開するブログと化してしまいました。
やがて記事更新の間隔も空き、
仕事で手一杯になると一月以上更新が途絶えることも数度あり、
最近は日曜日に週一回の更新が定着してしまいました。
それでもこうしてブログを継続していますと、
自分の撮った写真が記録され、
時折その写真を眺めては、
こんなこともあった、
あんなこともあったと、
思い出しては楽しんでおります。
時折、いつまでこのブログを続けるのかと考えます。
その度に区切りとして、
千記事か、十年を目処にブログを止めようかと考えることもありました。
いつか終わるときが来るのですから、
何かしらの事情で自然消滅も仕方ないかと思う反面、
終わりを告げることなく終わるのは、
こうした稚拙なブログにも、
長く訪れて下さっている方々に失礼になるでしょう。
せめて気の利いた文章の一つも添えたいと思うもの、
そのような文章を書く文才もなく、
少々仕事に追われ二月以上が過ぎてしまいました。
仕事と日課となったウォーキングが生活の主体となり、
ここしばらく自宅のパソコンの電源を入れることもありません。
ブログから離れている生活となっていますが、
体を動かす時間を持つ生活習慣を楽しんでいます。
この十年、
ブログが主体となっていました。
素人ながら写真という趣味に没頭していましたが、
十年前にブログを始めて間もなく、
そのような生活に大きな変化があり、
家族が増えました。
写真を撮る時間は激減しましたが、
その原因は家族ばかりではなく、
歳を取る毎に、
重き責任を負う仕事に就くことによるところが大きく、
趣味に於いては満足は出来ないのですが、
私にとってのこの十年、
人生を共にする家族を得て、
これまでには得ることの出来なかった喜びを手に入れ、
概ね幸せな人生でありました。
今日の写真は、
五月にあった娘の運動会。
小学校に入学して初めての大きな行事でした。
まだ学校にも慣れておらず、
どうなる事かと心配していましたが、
そのような心配は全くなく、
五月の晴天の下、
はつらつと走っていました。
五月の光の中、
娘の姿は輝いていました。
その姿を見つめては、
これまでに得ることの出来なかった喜びが胸の中に溢れてくるのでした。